どっかのヤマ師がオレが死んでるって言ったってさ
自分の見た目や精神構造がまだ中坊以下の頃、大人びた友達のAちゃんとSSMが誘ってくれたライブ、今は名前が変わったらしいけどたしか川崎産業文化会館・・そこで見たバンド「RCサクセション」は衝撃的なんてもんじゃなかった。
コンサートなんてもんに自分だけで行っていいのか?などという心配が冒頭のボーカルが登場した瞬間にかき消え、頭の中には発光する熱い何かが注ぎ込まれたようにクラクラしたのを憶えいる。
そうなのだ、クソ生意気にも小学校半ばから洋楽一辺倒になっていた自分は、「国内にもすげえのいるじゃん!」(ちょい偉そう・・今の自分が見たら殴りたいガキかもw)と、もの凄く嬉しかったのである。
それからというもの、年末の武道館公演は毎年の慣例行事となり、近場でやるライブにも足繁く通うようにもなった当時としては国内では唯一のバンドになった。
しかし考えてみれば音楽は理屈じゃないとはいえ、その頃の自分の物知らずっぷりは我ながら笑ってしまう。だって横浜スタジアムでやったチャック・ベリーとサム&デイヴを招聘したジョイントコンサートは、誰だこいつら?・・というレベルで見てたし、他のライブでも舞台をはける時にドクトル梅津にガウンを着せられ退場しつつまた戻って来る・・というパフォーマンスは単に面白いとしか見てなかったし。
結局、サクセションのベースにはR&Bへのリスペクトが詰まっている事を踏まえる事ができるようになったり、チャック・ベリーとサム&デイヴの面々がいかにすげえ人だったかとか、ガウンパフォーマンスがジェームス・ブラウンの有名すぎるアレだったのかとか、これらをちゃんと知る事になったのは、自分が知らない上の世代の音楽も幅広く聞いたり見たりするようになった随分後の事だった。
で、そんなちょっと考えるだけでも溢れるように思い出が巡る「RCサクセション」のボーカルだった忌野清志郎さんが昨日亡くなった。
訃報を昨晩知った時には、「嘘だろ・・・」と、言葉すら出ずにまさにボーっと数分は立ち尽くしただろうか。涙さえ出なかった。いや・・今これを書いている時のほうが余程グズグズしているのだが・・ともかく
なあ清志郎、まだ死ぬのはえーよ馬鹿。・゚・(ノД`)・゚・。
サクセションにしろ忌野清志郎そのもののにしろ、功績だの軌跡だのは音楽評論家にでもやってもらえばいいのでツラツラ書いたりはしないが、ポップスではなくロックシーンでの国内ボーカリストの貴重な人物がいなくなったのは紛れも無い。替りがいないのその声と他人が決して真似が出来ないパフォーマンス、そんな物を持ち合わせてる国内ロックシーンの歌い手はこれでもはや甲本ヒロトあたりと残り数人しかいなくなった。
また、サクセション活動休止後の忌野清志郎は、ともすれば各方面から叩かれる歌をいくつか歌ったので脊髄反射するおバカもよくいるが、彼の年代では半ば洗脳のごとく刷り込まれた左ツムジな教育はある意味あれはあれで仕方がないw それにグループ活動時から歌詞にピーを入れられる程に半ばおちょくりで反体制してたし、逆に捉えればロックやってる人間の鑑ではないか( ´m`)・・と温かく見るべきだろう。むしろそれを利用しかけたTBSや筑紫を糾弾すべきな話である。
さて今自分は、出だしの紹介セリフから観客の掛け声まで全て憶えきってるライブアルバム『RHAPSODY』を聞きつつ鼻水を流しながらこれを書いている訳だが、「RCサクセション」に本題の忌野清志郎に、あんまシラネ・・という方は、アルバムならともかくも『RHAPSODY』、『PLEASE』、『BLUE』の3枚を聞けばその圧倒的個性の素晴らしさを分かったり分からなかったりするだろうし、最初に触れる個別曲なら『スローバラード』、『トランジスタ・ラジオ』、『Sweet Soul Music』あたりなんかいいかも知れない。iTunesストアにもサクセションはあるのでお手軽だし。逆に語り草な『雨上がりの夜空に』は、彼らが好きになってから聞けばいいんじゃないかなと思う。
では最後に。
清志郎、あんたが歌った歌を自分は死ぬまで忘れません。上で挙げた3枚のアルバムは死んだら墓まで持っていくアルバムTOP300枚にしっかり入っています。ガっとくる歌をありがとう。ガガっとくるライブをありがとう。安らかに(-人-)
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